メモ帳がわり
まったりとオリジナルの小説未満のネタなどを放置する、メモ帳がわりの文章置き場です。
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DATE: 2013/02/05(火)   CATEGORY: オリジナル
ある日の木曜日
オリジナルで、身内性別変換企画からはじまったネタ。
お店を貰えたのが嬉し過ぎて、基本的に私が盛り上がりっぱなし。
午前9時20分。


下の弟二人は今日も元気に学校へ行った。達巳も今日は一限から講義があるようで、慌ただしかった家の中はすっかり落ち着いてしまった。
洗濯物を干したりだとか、朝食の片付けをするのが琳吾の日課だった。鼻歌を唄ってしまうのが癖で、独り言を言わないのが救いである。そうこうしていれば、あっという間にこんな時間になるものだ。
時計を確認して、洗った手を拭いた。そろそろ準備をしなければいけない。

土間の古いつっかけをつま先に引っ掛けながら裏の勝手口から出て、途中でサビの浮いたブリキの如雨露と土間箒を回収し表に回る。
鈍色のシャッターをガラガラ音をさせて開けると、窓のついた小さ両開きのドアが現れ た。
お店の外を掃き、如雨露に水を汲んでプランターのゼラニウムと道路の植え込みに水をやった。

空は秋晴れの薄い水色、斑点を打ったようにうろこ雲がかかっている。
雑居ビル立ち並ぶ商店街のほうも開店し始めたのか通行人が増えてきた。馴染みの顔と愛想よく朝の挨拶を交わす。
ぐいっと貝殻骨を縮めるように伸びをして深呼吸し、朝の空気を肺いっぱいに吸い込む。十月の空気はツンと冷たくて、意識がしゃっきりとする感じがした。
どこからか、金木犀の柑橘類に似た爽やかな香りがする。路の先にある神社の雑木林から薫ってきたのだろうか。
深緑の茂みにつく蜜柑色の小花を思い出すと、何故だろうか。少し浮ついた気分になる。
換気のために小さなドアを片方開けて、店内の埃をはたいて追い出す。細かい商品を表に並べて、雑巾で看板の文字を浮き彫りまできっちり拭くと、これで開店の準備は大体完了。
計算が苦手だからとこれだけは最新にしたカーボンの黒いレジスター。鍵をあけて小銭を確認、最後にレジ横にかけてあるカレンダーを見た。
「今日、は、じゅう、がつ、じゅう、はち、にち、と。……あ。」
並んだ数字を指で辿った先に、赤い丸がついていた。






宇佐木骨董店は曾祖父の頃からこの街にある古い店だ。幾度かのリフォームは経ているものの建物もそれなりに古い。
10畳ほどの店内は、一部がコンクリ打ちの土間で段差を隔てて板張り になっている。白壁にこっくりとした濃茶の柱や梁は、日本の"蔵"を意識した造りだ。

かつて、祖父母が経営していた頃はいかにも無骨な骨董屋だった。現在は男所帯で経営している割に可愛い物好きな兄弟のおかげで、店のディスプレイはどちらかと言えば女性向けだ。
大型の家具も多少はあるが、大抵は古民具や雑貨のような日常で使うものが多い。それは、昔遊郭で使われていた幾何学模様のステンドグラスであったり、猫男爵のブーツ立てだったり、動物を象った箸置きだったりする。
店の真ん中に飴色の照りのある、来地くらいなら入りそうな特大の長持ちがあり、硝子を張ってショーケースのように細々とした置物や飾りを見せていた。
最奥には少し開けたスペ ースがある。
売買の商談や客の接待に使われる休憩所だ。
ここがある意味一番のセールスポイントで、柔らかい色の布衝立の内側に、親指姫のストーリーを模して作られたテーブルと椅子がある。その上に躑躅色をした洋燈と遥が書いてくれた手書きのメニュー。
花びらから顔を覗かせる少女の図案は色が差されている訳でも無く、使い込まれた真鍮の円卓の鈍い輝きだけが目を惹く。目聡く気が付いた女性客は喜んで珈琲を頼み、商品を買っていくのだった。

商談スペースの左側、レジスターの右手前に蓄音機が置いてある。蓄音機といっても、ユリの花のようなラッパがついているものではなくて、いわゆるレコードプレイヤーと呼ばれる類のものだ。
四角い箱 には赤いニスが塗られており、古いものながら木目がつやつやと光っている。
琳吾はリネン布を手にとって、外枠を磨きはじめた。
このレコードプレイヤーこそが、今日の宇佐木骨董店の主役なのだ。



 * * *






午後12時30分。

―――リン。
ドアベルの音がして、客が入ってきた。
達巳くらいの年齢の男だ。琳吾よりも高い背を猫背に縮めて、着古したGパンと綿のシャツを無造作に着ている。
小さな肩掛けのバッグを持って、きょろきょろと店内を見回すと、あ、と声をだしてレジに近づいた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「えーと、すみません 、これ幾らですか?」

これは困ったな。琳吾は内心呟いた。
男が指したのは件のレコードプレイヤーだったからだ。

「あの、申し訳ございません。これはちょっと。予約が入ってまして」
「そうなんですか。まいったなあ」

男は腕組みし、片手で顎を包むようにした。

「ちょっとした事情で、レコードプレイヤーで音楽を流したいんです。予約が入っている商品に悪いかもしれないんだけど、音だけでも録音させてもらえないでしょうか」

バッグを探り、片手に収まる小さな黒い機械を取り出す。多分、ICレコーダーだろう。
琳吾はますます申し訳ない気分になった。

「それは 構わないんですが。当店にはレコードを置いていないんです。失礼ですがお客様はお持ちではない……ですよね?」

LPはCDと違ってそれなりの大きさだ。小脇に抱えるくらいはあるのだから、男の持つ小さなバッグに入るわけもなかった。
大きなため息をこぼし残念そうにする男に、琳吾はそっと言った。

「お客様。本日お時間はありますか? コーヒーをお出しいたしますので、詳しいお話を聞かせていただけないでしょうか。それに、一時間ほどお待ちいただければ、レコードをお聞かせすることができるかもしれません」






気が付けば外は、しとしと秋雨がふっている。
表を簡単に片付け、桐の灰式懐炉に火を灯した。温度が下がったことによる結露防止のためだが、わざわざ古道具を持ち出したのは単に琳吾の趣味であった。
抽出したドリッパーから小さなコーヒーカップに一杯、コーヒーを注ぐ。
いつもなら聞こえる屋外の音が雨で消音され、こぽこぽという音が耳をついた。

男は田村と名乗った。

「祖父がね、明後日心臓の手術なんです。もう随分な年だし、確率はあんまり高くないらしくって。それで、若い頃の思い出のレコードが聞きたいって言い出したんです。最期かもしれないって思うと叶えてあげたくて」

テーブルに座った田村は、癖なのか腕組みして顎を抑えた。
少し早口の声は悩みのせいか少し疲れているように聞こえる。

「なんでも、若い頃の思い出だそうで。年寄りの世迷言って笑われるかもしれ ないけど、こういう時、心が元気なのって大事なことだと先生にも聞いて」
「お孫さんにそれだけ想って貰えているんです、きっと大丈夫ですよ。それに貴方は運がいい」
「どういうことです?」
「今日、偶然これの予約のお客様がいらっしゃるんです。レコードを持って来てくれますよ」
「え、そうなんですか!」
「はい。それにお爺さんに聞かせるなら、このレコードプレイヤーは丁度よかったかもしれません。これはね、昔、若者たちがこぞって聞いたものなんですよ」

琳吾は丁寧に拭きあげ、調整をする。
一通りチェックを済ませて、田村の向かいに腰掛けた。

「時間もあるし、少しお話しましょうか」


 このレコードは、今は潰れてしまった喫茶店に置いてあったものを引き取ったんです。
 活躍したのはずうっと昔、昭和30年頃からでした。60年位前かな。

 その喫茶店には大きな売りが二つありまして。そのうちの一つが、このレコードプレイヤーです。
 早い頃から外国のシャンソンやらジャズやらを流していました。
  高度経済成長期の初期って言うのはまだまだ経済的にも、文化的にも混乱していた頃でしょう? 戦争の爪痕も濃い頃に外国の曲は好まれなかったと思います。
 だけど、やっぱり若者っていうのは元気ですね。好奇心に溢れて、刺激に飢えている。
 外国の曲が流れる喫茶店っていうのは、一種の異空間といいます か。新しい流行の匂いと見知らぬ場所への憧れをそうやって感じて胸を躍らせたのでしょう。それが丁度、貴方のお爺さんくらいの年代です。お爺さん、もしかしたらこれを見た事があるかもしれませんよ。

 もう一つの売り、ですが。これはまあ蛇足です。
 近隣の町を探してもちょっといないくらいの美人さんが働いていたそうです。
 鼻筋の通った上品な顔立ちで、すらっとした細い手足でくるくるとよく働く娘さんだったと……、ああ、聞いた話です。
 その娘さんに会うために男達がコーヒー一杯のお金を握り締めて押し掛けたと聞いています。
 あの頃、物が無い時代です。コーヒー一杯のお金がどんなに貴重だったかを考えると、すごいですよね。



 * * *



午後14時15分前。

間を割るように、ドアベルをリリ、と鳴らして扉が開く。
来客は太い、細い、大きいと特徴的なシルエットの三人の老人だった。

「いやあ、もうこの季節、雨が降ると寒いなあ」
「ああ、膝が痛んでしょうがない」

濃い褐色の皺の寄った老人が、大きな蝙蝠傘を狭苦しそうに折り畳もうとしている。
琳吾は近寄って平たいカバンと上着を受け取った。

「いらっしゃい、猪飼さん、津留さん、熊野さん」
「やあ琳吾君、今日も遊びに来たよ」
「おぉ、温いな。珈琲を煎れてくれんか」
「つ いでにタオルを貸してくれんかね。――ん? 珍しい、お客さんが来とるんか。」

指さした先で田村が「どうも」と頭を下げた。
馴染みの客という雰囲気のせいか、居心地悪そうにしている。

「珍しいとは酷いですね。これでもそれなりにお客さんは来るんですよ」
「ああ、女の子ばっかりな」
「そうそう、この店はねぇ、休日になると老若問わず女の人がひっきりなしにきてるんだよ」
「兄弟揃って女好きばっかりやからな」
「俺、彼女居るんですけどね……」

誇張された言い様に琳吾は苦笑いした。小さい頃を知られているせいか遠慮がない。
タオルを渡し簡易キッチンへ向かうと、珈琲を三客サーブし、真鍮の小さなテーブルに静かに置いた。
ワハハ、と朗らかに笑う老人たちは各々椅子に座った。座る場所は指定席のようにすんなり決まっている。

「田村さんは今日初来店のお客さんなんです。偶然、レコードを聞きにいらしたんですよ。爺さん方、お手柔らかにお願いしますね」
「"お手柔らか"とは人聞き悪いな、とって喰う訳やないんだから」

津留と呼ばれた老人が好々爺の顔をして田村に話しかけた。

「やあ君、田村君? 運がいいね。このレコーダーは月に一回、僕らが買い取ってるんだ。第三木曜日にしか鳴らしてない。
 今日を逃したら次に鳴るのは一ヶ月後だったよ」
「そうなんですか。じゃあ店員さんの言っていたとおり本当に運が良かったんですね。……ところで、月に一回ってどういうことです?」
「ああ、それはねぇ。これは元々別嬪さんの持ち物だったんだけど、その旦那が売るなって言ったらしくて。こうやって貸出はしてくれるんだが」
「看板娘みたいな女性がいたとは聞きました。でも、"売るな"って此処には売ったんですよね」
「おや。琳吾君に聞いてないかい?」
「はい。聞いたのは、お爺さん方が若い頃聞いてたってことと、美人がいたってこと位です」
「美人がいたって言ったのか! あの子も大概だなあ」

津留は窃笑すると老人たちに向き直り、さて、と声をあげた。

「今日は”雨に唱えば”を持ってきた。明るい軽やかな曲だよ。映画じゃ馬鹿な男が浮かれている場面の歌だけどね」

平たいカバンから年月で少し黄ばんだレコードを取り出した。
ターンテーブルへセットし、ゆったりと回りはじめた円盤に、琳吾がそっと針を落とした。
繋がれたスピーカーから、聴きなれたCDとは少し違う、生々しい音が流れ出す。
田村が、驚いたように小さな声を漏らした。

「ライブみたいな音だ。凄い……」

老人たちが、自慢気に頷いている。
踵の打つ陽気なリズムは雨の音と酷似している。
微妙に高音の揺れるレコードは、往年の女優の麗しさを思い出させた。
老人達は薄い陶器に枯れた唇を寄せ、黒い珈琲を時折啜りながら、目を閉じて耳を澄ませている。
店内は暖かい橙色の照明で満たされ、洋燈やガラスの置物が琥珀色に光っている。
時間は経ているけれど、その分、とても愛されたもので作られた空間だった。


琳吾は邪魔をしないよう、ひっそりと表に出た。
今から少しの間なら、顔見知りは事情を察して待っていてくれるだろう。
雨はまだしとしとと降り続いている。夕方は寒くなるだろう。
弟達が帰って来たら、頂いた饅頭と熱いお茶を出してやろう。そろそろ、鉄瓶を出してもいい頃合いだ。

道路向こうに、老婦人と幼児の姿が見えた。水溜りをわざと踏んで歩く子供を傘を差して見守っている。
レコードを聞いたせいだろうか。その光景に美しかった祖母を想起した。今日は相手が知らないのをいい事に、散々身内自慢をしたようなものだった。田村さんのお爺さんは、祖母に会ったことがあったのだろうか。
手術がうまくいくといいと願って、OPENの札を裏返した。





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