メモ帳がわり
まったりとオリジナルの小説未満のネタなどを放置する、メモ帳がわりの文章置き場です。
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DATE: 2013/02/12(火)   CATEGORY: オリジナル
カラクリ書きかけ
また追加
「おや、失敗したようじゃ」

鈴の声音に合わない口調を聞いて、“彼”は目を開けた。
横たわっているのは深藍のシーツ。天井に不思議な渦巻きの模様が見える。
先ほどの声は真っ白い子供だった。真白な髪を肩で切りそろえ、その裾からはやはり真白い首が覗いている。背中には人間に生えるはずのない、金属で出来た薄い羽翅があった。
彼はその子を知っていた。
知識の海から引っ張り出したのは「オーバマイスタとか大師匠と呼称されるような腕の良いカラクリ人形職人」ということだった。子供が見た目にそぐわずずっと歳をとっていることも知っていたが、“彼”はそういう知識以外のことをとんと思い浮かべることができなかった。

「キリちゃん、失敗なんて珍しいわね。どこか具合でも悪いんじゃなくって」
「大丈夫じゃ。どうも先方、双子の妹姫がおったのを隠していたらしいな。そちらに繋がってしもうた」
「身代わり人形の中身の接続先を間違えたってことね。普通の職人ならよくあること、新しい子を作製すればいいわ」

 黒い色をした美女と話すのを聞いて彼の記憶にまた一つ知識が浮かんだ。そうだ、僕は身代わり人形だ。とある国の王子様の。話によると失敗作のようだが。

「キリちゃん、この子はどうするの?」
「次の子ができるまで一ヶ月間。それから処遇を考えよう。それまでハジメにでも預けて置こうかの。暫しお眠り、可愛い子」

キリと呼ばれた白い人が、小さな手を伸ばして瞼に触れた。幼子にするようにキスをしてくれる。
声を聞きながら彼は意識を手放した。




# # #




一週間床に寝付いた彼の面倒を見てくれたのは、ハジメという女性だった。
ハジメは、妙齢にも関わらず、ズボラで賭博と酒が大好きで仕事がもっと好きなカラクリ職人だ。
"彼"にミドルと名付けてくれたのもハジメだった。煙管を片手に人の悪い笑みを浮かべるのもだいぶ見慣れた。

「アンタ、大体中くらいの大きさだからさァ」

言葉の意味を起き上がれるようになってから知った。鏡に自分を映し、成る程と思う。
焦茶の髪を短く刈った、二重の上にくっきりした眉の男が映っていた。少年と青年の間ぐらいの年齢で、身長は高くも低くもない。横幅も成る程、中くらいの大きさだ。まさか、下着の中の話じゃあるまいとゴムを引っ張り覗いて見る。まあ、なかなか。
そんな訳で成る程とは思ったが、ネーミングセンスは皆無だな、とも思った。

ハジメは朝起きて迎え酒と言いながら呑んだ後、昼前には工房に下りて作業する。客やらとたまに雑談し、時々賭博場に行く。大抵ボロ負けして大荒れし、夜になれば贔屓の酒場で夕食を食べて、酒を持ち帰り呑みながら寝る。
およそ生きた経験の無いミドルは、物珍しさと好奇心で一週間、ハジメの後ろをついて回った。
キョロキョロ視線を動かし、興味の惹かれるまま寄り道して迷子になった。面倒がったハジメに三日間程犬の様に紐を括り付けられて屈辱を味わった。
次に、何かと手伝いを申し出た。そもそも人形は人間のために作られる。奉仕の気持ちは並以上にあった。
見様見真似で、酒を注ごうと瓶ごとひっくり返し、作業中にネジをばら撒き、客と頓珍漢な会話をして笑われた。失敗ばかりで落ち込む。

そして飽きた。

「ハジメ、やる事がない」
「ああん? あんたはやれる事がないんだろ。やる事がなくたって、あたしゃ忙しいんだよ。そんなに暇なら子供らのとこでもいってきな」

尻を蹴られて追い出される。ハジメはそういうところには思いやりと気遣いがない。
ぶたれた所をあてつけに摩り、大きな音をたてて扉を閉じた。

ハジメに追い出されると、ミドルには行く場所がない。見た目の年齢の集団に混ざるにはモノを知らな過ぎたし、何より昼間は働いている。
子供は子供で難しい。
地面に線を引き、陣地取り遊びをしている子供らをミドルは遠目に眺めた。
ミドルのはじめての「仲間に入れて」は、三日程前に敗北を喫していた。
他の子供達がやるのを真似して上手に笑顔が作れたはずだが、駄目だった。子供らの中でも特に大きな男の子が大声で「大人はいれない!」と言ったのだ。
大人じゃないと言いたかったが、身体の大きさがだいぶ違うのは事実だ。
その時の事を考えるとなんだか咽喉の奥がキュッと締まって、一歩も動けない。もう一度「仲間に入れて」をする事はできそうになかった。

広場の階段を降りて裏路地を行くと、ボロボロの廃屋がある。鍵が付いていないのは確認済みで、扉を押すと大きな軋みをたてて開いた。
ミドルが偶然見つけた誰もいなくて誰にも迷惑をかけない場所だ。
穴だらけの床板、屋根の隙間から日の光が差し込むあばら家にミドルは座りこんだ。
外の音は聞こえるが、内側には人が居ない。いたとしても、ミミズやネズミ、ゴキブリ辺りだろう。
日はまだ高く、時間はたっぷりあったから、区切られた空間で物思いに沈むことに決める。



自分はなんのためにここにいるのだろう。
元は身代わり人形だ。誰かの代替をするのが本当の役目なはずだ。
だけど、それは駄目になってしまった。じゃあ自分は何をすればいいんだろう。この一週間、ミドルのできそうなことなんか全くありゃしなかった。
どこに行ってもお荷物になるばかりだ。誰も自分に役割を与えてはくれない。教えてくれれば、きっとできるのに。

つま先を弄り、ふと思い出す。

オーバーマイスタは、二週間後に処遇を決めるといっていた。それまで、謂わば保留だと。
……。
そうだ、アレだ。
宙ぶらりんだ。
工房で見た糸の絡まったマリオネットを思い出した。複雑に絡まって吊り下げられ、足を降ろす事も手を上げる事もできない。あれと同じなんだ。何かができる訳もない。

ゼンマイを強く巻き過ぎた気がして、ミドルはお腹を抑え、蹲った。






「……、……」

どのくらい経ったか。声が聞こえた気がして、ミドルは耳を澄ませた。

「寂しい」

今度はキチンと聞き取れた。女の子の声だ。花びらが擦れるような微かな声だった。

「淋しい、淋しい……」

その声は、ミドルの中で小さく反響していた。見えてもいないのにポロポロと泣いているのがわかるのだ。
自分とこの子は繋がっているからだとわかる。妹姫だ!

「淋しいって何? どういう事?」
「どうもこうもないわ。淋しいは淋しいってことよ。ああ、淋しい……」

そう言って女の子はポロポロと涙を零し、声はだんだん弱くなり聞こえなくなった。
儚く、辛そうな声だった。

ミドルは、眉間の間が晴れ渡ったと思った。
多分、これが自分の役割だ。女の子の涙を止めるのが紳士の役目だということを、ミドルはやはり"知って"いた。
そうだ、よく見ればあばら家の破れ目から落ちる光だって、天使の梯子のようだ。
お腹のことなんか全て忘れてミドルはあばら家を飛び出した。





「ハジメ!」
工房に転がりこむと、






坂道を駆け上ると、一人の老婆がいた。腰がすっかり曲がって立ち枯れの木のようだ。
老婆は雑貨屋に寄ったのか、籠に食べ物を入れていた。林檎が二つ、落ちそうにバランスをとどめている。

「大丈夫かい、婆さん」

ミドルは落ちかけた林檎を戻してやった。

「おや、若いの。ありがとう」
「気にすんな。なあ、婆さん。寂しいってどういう事?」
「おや、そんな事を聞くなんて、箱入り坊やだったのかい」
「どういう意味だ? 坊やも若いのも年下の男のことだろ?」
「こりゃ、ほんとに坊やだね」

目蓋に埋もれた目をパチリと開けると、老婆はニコニコした。

「まあまあ。亀の甲より年の功だよ。寂しいっていうのはね、坊やが林檎を拾ってくれなくて、自分で拾うことになってたら感じていたかもしれないね」
「つまり、体が辛いってこと?」

ミドルは疑問符を浮かべた。寂しさを失くすには、薬か何かが必要って事か?

「うーん、ちょっと違うね。心が辛いってことさ。ちょいと難しいようだね。これを持っておいき」

眉間に皺を寄せたミドルを見て、老婆は林檎を差し出し坂道の下を指した。

「この坂を、まっすぐ下ってご覧」






まっすぐ坂道を降りていくと、掘っ立て小屋の横に乞食が座っていた。
ミドルは乞食に林檎を渡して聞いた。

「なあ、寂しいってどういう事かわかるか?」
「寂しいってなんだって? そりゃひもじいってことさ」

そうして、乞食が林檎を食べ終えるのを待った。

「なあ、林檎美味しかったか?」
「ああ、ありがとよ」
「じゃあ、寂しくなくなったか?」
「そんな簡単なもんじゃない、ひもじい奴は一生ひもじい、寂しい奴は一生寂しいのさ」

プッと林檎の種を歯の隙間から飛ばすと、乞食は歩いていってしまった。


ハジメ

「酒場の親父は頭が寂しいねェ。わはは」

ジャクリーン

「寒い

















# # #

 表通りの中でも他とは少しばかり雰囲気の違う、お忍びの貴族が馬車で乗り付けるような高級な店の並ぶ一画がある。その隅にひっそりと歯車でできたハートを象った看板。"ブリキの心臓"と装飾文字が書かれている。
ミドルは尻込みした。
いわばミドルの生家だが、足を運んだのは初めてで感慨は全くない。意識のない間に裏通りのハジメの工房にいたから、高級そうな佇まいはどうも身に合わないのだった。

「お邪魔します……」

 そろりと入った店内は高級店に似つかわしくなく、狭く薄暗い。壁には幾つもの種類の柱時計がコチコチと針を回し、ショーケースには小さな時計やオルゴールが宝石の様に陳列されている。靴音を聞いて老眼鏡の店員が手元から顔を上げた。

「おや、久しぶりに顔を見ましたな。随分と人間臭くなった」
「どなたですか? はじめてお会いしたと思うのですが」
「君がここから出て行った時は寝ていたね。覚えていないのもしょうがない。ワシはゼフという。君と同じ人形だ。
キリ様に会いに来たのかな? そこの階段を上がるといい。あと、これを持って行ってくれ」

老店員は指で示したあと、小さな布包みをミドルに渡した。

階段を上ると世界は一変する。
 毛足の長い絨毯、布張りの猫足ソファ、大理石の天板のティーテーブル。どんな魔法なのか、壁には葡萄の蔦が絡みつき、紡錘型の房から光を放っていた。一面は天鵞絨の布で覆われている。
 文句のつけようがないほどの豪華な部屋だ。最初のベッドはどこにあるんだろうとキョロキョロしていると、落ち着いた声がした。

「何のご用事かしら?」

あの時見た、黒い女だった。
鞣した様な黒い肌、黒い巻き毛。豊かな乳房と細い腰、張った尻を黒いドレスに押し込めている。肉感的な盛り上がりの覗く胸元と厚めの唇は成熟した女性を感じさせた。未亡人のように黒いベールで頭と肩を覆っており、奧から見つめる目だけがエメラルドの緑に炯炯と光っている。
肉食の動物や呪われた宝石に似た不吉さを感じさせる、本能が危険信号を出すような美人だ。
返事をしようとするが、冷たい視線を送られては喉が固まるばかり。バタバタと腕だけが無意味に動いた。

「ジャクリーン、お前の弟じゃ。そんなに邪険にするでない」

鈴の音が聞こえたかと思うような可憐な声がした。

「俺も、一緒に連れて行ってくれ!下さい……」
「少しでも早く行きたい。手伝える事はないですか。俺にやれる事はないですか」

「そうじゃの。では、お前の左腕と背中と顔を貰えるかな?それで三日は短くなる」
「たった三日!?」
「普通なら半年かかるのを急いで一ヶ月じゃ。これ以上は神にもできまい」





# # #



馬車を乗り継ぎ、その国に着いた。
小さな国だ。王城も豪華というよりは要塞のように質実剛健。海を背にして聳え立つ。
とても良い陽気で景色がくっきりと見えた。荒野も白いヒースがちらほら咲いて見える。
赤茶けた門から、軍馬に跨った騎士が隊列を作る。歴史浅く、小さな小競り合いの絶えない国なのだ。
その中に一筋、雰囲気の違う列があった。厳粛なのに変わりはないが、鎧を着ておらず黒い服装。大きな箱を担いている。

「ジャクリーン、あれは何?」
「あれは葬列ね。戦いをすれば死者が出るものよ」
「泣いている人がいる。寂しいのかな」
「悲しいのよ」
「悲しい?悲しいって何?」
「寂しいより辛いことよ。悲し過ぎると死んでしまうこともあるわ」
人間は莫迦ばかり。ジャクリーンは物憂気に下唇をなぞった。

紳士の男装をしたジャクリーンと高級な服を身につけた身代わり人形はいかにも招待された客人の出で立ちだった。それと比べてミドルは背中と左腕をすっかり覆うマントに、顔が無いのを隠すための仮面を付けていた。怪しいことこの上ない。

通されたのは王の私室。
「素晴らしいものだな。親が見てもそっくりだ」
「ええ、オーバーマイスタ・キリの逸品ですもの。王子の身に何かあれば、この人形が引き受けてくれますわ」
ジャクリーンが契約書とペンを取り出して、サインを貰うのを待った。
「あの!」
「ん?
「この城に姫はいますか? 王子と双子の」
「双子などという不吉な物はこの城におらんよ」


「そういえば、先日、侍女が塔から猫が落ちたと騒いでいたな」
「……ありがとうございます」


塔は南向きにあった。やはりもともとは見張り櫓がわりなのかもしれない。


扉を開くと、日がさんさんと差し込み、柔らかいベッドと小さな化粧台があった。
窓からは海が見えた。


女の子はどこにもいなかった。


年嵩の女が

「あの娘は、去ってしまったよ」
「ずっと独りでね、よく泣いていた。待っていた人がいたようだったが、とうとう諦めてね。そこの窓から飛び降りたのさ」



ミドルは走って石の窓枠に手を置いた。崖下の海は深い藍色で、陽光に照る岩肌に何度も何度も寄せて返した。
のどかな光景だ。
仮面の下が濡れている。剥き出しの目玉の下から、熱い水が漏れているのだった。
あの子が泣いたまま居なくなってしまったことが、理不尽でどうしようもない。
内側から、歯車とゼンマイにバラバラと砕けてしまいそうだった。





「愛しい子。

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