メモ帳がわり
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DATE: 2014/03/25(火)   CATEGORY: 未分類
ミドルくんのやつ
本文なし
 街の門から港へ続く大通りの途中をふいに逸れると、規則的に整えられた石畳の舗装は日にさらされた土のあいだに、次第にまばらになってゆく。踏み固められた急勾配な坂道の両脇には、神経質な人間の整理した跡のようにぎゅうぎゅうと小さな店が建ち並んだ。子供の声や生活音がしきりに響き、表とはまた違う喧騒をみせている。
 そういう裏通りにハジメの工房はあった。歯車と工具をモチーフにした申し訳程度の看板の下、開きっぱなしの小さな扉を抜ければ、そこがもう店内だ。雑然とした空間には、レジカウンターではなく大きく無骨な作業台がある。受付、会計をするための店は別にあって、ここは名の通り工房でしかないためだった。
 そんな所までわざわざ足を運ぶのは偏屈な顔馴染みか、急ぎや厄介事の客ばかりである。
 工房主のハジメはカラクリ職人には珍しい女職人だ。とはいっても、地下足袋にニッカボッカ、艶の無いひっつめた髪とそばかすの持ち主で、色気とやらは余りない。
 接客はお粗末で、作業台の空いたスペースに行儀悪く胡座をかき、火種の入らない煙管を手持ち無沙汰に話を聞くのが常の、根っからの職人肌である。
 今日も常と変わらぬ仏頂面で、ポリポリとうなじを掻いてみせた。そのハジメに向かい合うように、糸目が特徴的な男が眉毛をハの字に下げている。
「ほんと、お前さんしか頼れないんだ。なんとかしておくれよ、ハジメ」
 男の素性は旅人だった。町と町を行き来する間に少しの薬を売って生計を立てている、いわゆる旅薬師のはしくれで、少し前に懐中時計を修繕してからの付き合いだった。今回持ち込まれたのは、煤けた背負子のカラクリ箪笥。乾燥した薬草や松脂の塊の細々した物を分類して入れられるように作ってあるもので、雨風にさらされて灰色のまだらに染まっている。大事な物を入れた引き出しが開かないんだ、という依頼にハジメはどうしょうも無いものを見る目を向けた。
 「あんた、カラクリ箪笥って何なのか解って使ってんのかい? この引き出しは開かないんじゃなくて、開かないようになってるんだよ」
 「そんな事を説明されたのは憶えてるんだけど、どうすればいいかがさっぱりなんだ」
 「薬を調合するのが仕事の薬師がそんな事で商売になるのかい……。まァ見てな」
 呆れ顔で腰の道具袋から小さな小槌を引き抜くと、箪笥の裏をコツコツと叩き、ハジメは音を聞いた。
 ふんふんと頷いて端から端まで叩き終えるとおもむろに引き出しを引っ張りはじめた。仕立てのいい箪笥というのは勢いよく閉めると空気が逃げられず他の引き出しが開いてしまうから、そうならないギリギリのリズムで作業する。

  シュッ、パタン 
  シュッ、パタン

 小気味のいい音が、10回に満たないくらいか。ハジメはくるりと箪笥を薬師の方に向けると、ニッカポッカの片足を組んで腰を下ろした。腰帯に挟んでいた煙管を抜くと、右上の開かない引き出しの上を煙管で叩いた。
「ほら、開けてみな」
 怪訝に顔をしかめた薬師がゆっくり引き出しを引っぱると、先程までの苦労が嘘のようにシュルリと開いた。詰まっていた手紙の束が溢れ出て、バラバラに床に散らばる。
「わ、わ」
「何をこんなに詰め込んでんだい、無精者」
 這い蹲るように手紙を掻き集めだしたその後頭部を火皿で小突く。散乱した手紙をようよう集めて元通りに納めた男は、糸目をますます細くした。
「いや、失敬失敬。大切な預かり物でね。助かったよ」
 草臥れた金巻を出したのを見て、ハジメは首を振った。
「お安い御用さ。さすがにこんな事でお代を頂いちゃ、職人の名がすたるってもんだ。次はもうちょっと手応えのある仕事を持っといで」
 山程稼いで高級時計が壊れたとか言ってみな、見事に修理してやろうよ。とハジメは機嫌良く笑う。
 そんな彼女に薬師はいつもの冗談を言った。
「いつも悪いな、ハジメ。お前程の職人ならあと少し色気さえあれば、いつでも婿の来手があるだろうに」
 勿体無いことだ、と言われたハジメはそろそろ三十路の足音を聞く年頃で、押しも押されもせぬ嫁き遅れである。ハジメは眉を顰めた。
「煩いねェ、余計な無駄口叩くんじゃないよ。いつ嫁こうとあたしの勝手だろう」
「せめて男だったら、若い娘にモテただろうにな」
「ご生憎。あたしが男でなくても、あんたよりモテてるだろうよ。祭りじゃ赤い花輪がたんまりとくるんだ」
「そうですわ。ハジメ姉さんが男だったら、女の子なんて独占ですわよ。おじ様、良かったですわね。姉さんが女で」
 きっと面倒見のいい男前ですもの、と突如乱入したソプラノと共に扉から覗いたのはクラシカルなメイド服の若い娘だった。金茶の髪をゆったり編んでコサージュで留め、背中を隠すストールを一枚巻いている。掃き溜めに鶴の身なりの良さは、貴族の女中だと簡単に推し量れた。
「おや、久しぶりに見た顔だねェ。メリーメイじゃないか」
「ご機嫌よう、ハジメ姉さん。メリーメイ、所用により帰宅致しましたわ」
 スカートの裾を摘み丁寧に頭を下げる姿は身に染み付いて美しく、品の良さを窺わせる。
 「妹さんか? えらく似ていないな」
 「いや、向こうが勝手に呼んでいるだけで血縁と云うわけじゃない。さ、今日の所は帰ってくれないか。茶も出せなくて悪いがね」
 「おれもそろそろ行こうと思ってたとこだ。また頼むよ」

 肩越しに手を振って見せた薬師が扉をくぐるのを見送って、ハジメはメリーメイに向き直った。
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